谷崎ガイド

生協で発行している書評誌「つん読」。
編集員を去年からやっている。
春号の特集は「へんたい!」。
変態小説といえば谷崎の名を挙げねばなるまいと思い、自ら志願して小特集を担当することになった。以下はその全文。
何と拙い文章……
冷や汗ものだ。

以後つん読の記事を掲載するときは、カテゴリーで分かるようにする。
ご確認を。
もとが縦書き原稿なので漢数字になっており、算用に直すのも面倒でそのまま。

潤一郎ラビリンス〈1〉初期短編集 (中公文庫)

潤一郎ラビリンス〈1〉初期短編集 (中公文庫)

美食倶楽部―谷崎潤一郎大正作品集 (ちくま文庫)

美食倶楽部―谷崎潤一郎大正作品集 (ちくま文庫)

谷崎潤一郎 (ちくま日本文学 14)

谷崎潤一郎 (ちくま日本文学 14)

痴人の愛 (新潮文庫)

痴人の愛 (新潮文庫)

人魚の嘆き・魔術師 (中公文庫)

人魚の嘆き・魔術師 (中公文庫)

小特集「谷崎潤一郎 美的探求の迷路」

小見出し

 谷崎潤一郎(一八八六〜一九六五)は明治、大正、昭和と、生涯にわたって旺盛な創作力を見せ、多くの名作を世に送り出しました。耽美派の中心人物としても知られています。
 明治末期、自然主義はリアリズムに徹するあまりか、自己の醜い内面までもさらすようになってしまい、衰退が始まっていました。この風潮に飽き足らなかったのが永井荷風谷崎潤一郎に代表される耽美派です。
 一九六五年には、中央公論社が創業八〇周年を機に「谷崎潤一郎賞」を新たに設けました。受賞作はいずれも、戦後日本文学史における重要作品ばかりです。



 谷崎潤一郎は、絶対的な官能崇拝に基づいて小説を書いた人で、性の魔力による人格の崩壊という主題を繰り返し描きました。

 作家の処女作は、その後の作風を位置づけるものですが、谷崎の書いた「刺青」はまさしくその通りで、彼の最も重要な作品の一つと言えるでしょう。「刺青」は当時耽美派の中心を担っていた永井荷風に激賞され、谷崎の名は一気に文壇に知れ渡りました。
 谷崎の初期短篇には他に「麒麟」「少年」「幇間」「秘密」「悪魔」などがあり、いずれも性的倒錯の世界を実に生々しく描いています。特に「少年」では次第に異常性が増してゆく子どもの遊びが書かれており、谷崎文学の原型ともいえる作品となっています。谷崎は生涯飽きることなくマゾヒズムを追究し続けましたが、その一つの頂点をなすのがこの「少年」です。
 また大正三年の「饒太郎」ではみずからマゾヒストを名のる主人公が登場します。饒太郎は「異性から軽蔑されることを喜ぶのみならず、出来るだけ冷酷な残忍な取り扱いを受けて、寧ろ激烈な肉体的の痛苦を与えて貰う事を、人生最大の歓楽として生きて居る人間」として描かれ、このような描写からも、谷崎の特異な才能をうかがい知ることができるのです。
 その後「美男」「富美子の足」などを書いた谷崎ですが、大正一二年に関東大震災が起きやむなく関西に移住することになりました。しかし災難にもかかわらず、谷崎の旺盛な創作意欲は衰えませんでした。大正十三年に悪魔主義の集大成「痴人の愛」を発表、ヒロインの名前からナオミズムという言葉が流行したほどでした。大正年間の谷崎の作品はどちらかというと低迷の状態にありましたが、この「痴人の愛」でなんとか持ち直したといったところでしょう。
 「痴人の愛」以後、谷崎は伝統的な女性美に目覚め、生活・芸術全般の関心を古典的・純日本的なものに向け始めました。そうした後期の出発点であると同時に、古典回帰の入り口に位置する作品が問題作「卍」です。「卍」は愛し合う二人の女性、つまりレズビアンを描いた中編小説ですが、関西弁で物語が進行するという一風変わった形式をとっています。東京出身の谷崎が関西の風俗をまねるのはいかにも不慣れに感じますが、作品全体を通し心地よいリズムをつくりだすことに成功しています。
 昭和八年には傑作「春琴抄」が発表されました。谷崎の女性賛美をもっとも純粋に描いた作品です。
 晩年の作品としてはやはり「鍵」と「瘋癲老人日記」を挙げなければならないでしょう。「鍵」の方は谷崎の円熟の境地を示すものとして、海外へも広く紹介されているようです。


 この文章を読んで谷崎を読みたいと思った方、または前々から谷崎の作品に触れたいと考えていた方にいくらか本の紹介をさせていただきます。
新潮文庫
 どの本屋に行っても手に入るのではないでしょうか。文豪の作品を読むときはまず、代表作の長編を読もうと意気込んでしまい結局挫折してしまう人が多いように思います。多少通俗的、大衆的でも読みやすければと思う方は「刺青・秘密」から入ってみてください。
②中公文庫
 「鍵」「人魚の嘆き・魔術師」などは美しい挿絵がありますからおすすめできます。また中公文庫からは千葉俊二が編集する「潤一郎ラビリンス」なるものが全一六巻で出ています。定かでないのですが、第十巻「分身物語」、第一四巻「女人幻想」、第一五巻「横浜ストーリー」は在庫僅少のようで、アマゾンでは中古商品であるにも関わらず値が跳ね上がっています。見つけた方はこの三冊だけでも買っておくとよいでしょう。
ちくま文庫
 「美食倶楽部」を読んでみてください。「ちくま日本文学 谷崎潤一郎」も同様におすすめです。